3.戦慄の丘


(1)

ある日曜のこと。
涼はショウタを誘って施設の裏手にある丘でランチをとることにした。

「たまには外でメシ食うのもいいよな。」ショウタはウキウキしながら言った。
「でしょ?もう、いつモグラになるかわかんないしさ。今のうちに楽しんどこうと思って。」涼もにこやかに答える。
「なんだよ、これ?このおにぎり、中なんにも入ってねえの?」不満そうに言うショウタに、やれやれ、といった面持ちで涼が言った。
「ばーか!遊星爆弾の被害がニッポンにも広がってきてるんだよ?食料事情も厳しいんだから贅沢言わないの。」
「そうか……。でも、爆弾落ちて、俺達が死んでも誰も悲しまねえよ。」拗ねたように呟くショウタ。
「あんた、死にたいの?」
「そりゃあ、死ぬのはやだけどよ。」
「だったらつまんないこと言わないの。」涼は弟を慰めるような口調で言う。
「わかってるんだけどさ。時々、俺、無性に淋しくなっちゃうことがあるんだよな。」

施設の子供達は皆、心に深い傷を持っていた。

「あの、あのさ。ショウタは、ショウタはさ。私のこと、友達だって思ってくれてる?」
「バーカ、今更なにヨ。友達に決まってんじゃん。おまえってさ。頭いいし美人だし、俺よりずっと年上みたいに思えるけど、なんとなく放っとけないんだよな。」

涼は柄にもなく赤くなった。

「バ、バカ。何言ってんの!ガキのクセに!」
「おまえだってガキだろ!」

涼はうろたえて、食べかけのおにぎりを落とした。

「わっ!あ〜あ。」

転がったおにぎりは麦茶の入ったプラスチックのカップに当たり、今度はカップが、ころころと坂を転げ落ちる。

「ちょっ、ちょっと!あーっ!たたたたたた、うわっ!うおおおーっ!!」

涼は慌てて追いかけたが、足がもつれて自分も転がった。

「わははは!おまえは、おむすびころりんかよ!ねずみの穴に落ちねーかな?お宝貰えるぜ?」

涼はなんだか楽しくなって更に下へ向かってゴロゴロと草の上を転がってみせた。

「バッカでーいっ!」ショウタは笑いながら、ふと空を見上げた。
「なんだ?あれ。」

上空から何かが近づいてくる。

「ショウタ〜っ!私を放っておけないんならさあ〜!助けに来てくれてもいいんじゃない〜?ショウタ〜?どうしたのォ〜?」
「涼ーっ!あれ何だと思うーっ?」

ショウタが空を指差して叫んだ。
涼も空を見上げる。
何かが、まるで彗星のように尾を引きながら、こちらに近づいて来る。

「まさか―。」

涼の脳裏に不安がよぎった。
どうみても戦闘機ではない。
これは。
遊星爆弾?
有り得ないことではない。
だとしたら―。
死ぬかもしれない。
涼は得も言われぬ恐怖に包まれた。

「ショウターっ!遊星爆弾かも知れないよーっ!」
「ええっ?ウソだろうーっ!」

それは、見る見る落ちて来て、全貌をあらわにした。
真っ赤な火球のそれは。
紛れもなく遊星爆弾だった。

(ああ、駄目だ。ここへ落ちる……。)

涼は恐怖に身体が竦んで動かない。

(何をバカみたいにはしゃいでしまったのだろう。ショウタのそばにいればよかった……。)

涼は不安から逃れたくてショウタを求めた。

「そこで待ってろォーッ!今、行くからあーっ!俺、俺、おまえの側に行くからあーっ!心配すんなーっ!」

ショウタが叫びながら坂を転がるように走ってくる!

「すずーっ!」
「ショウターっ!」

二人は声を限りに互いの名を呼び合った。そして二人は燃え滾る火球を間近に見た。
後は何もわからなかった。
猛烈な爆風が襲い、二人を吹き飛ばしていた。


(2)

涼は胸の激痛で意識を取り戻した。

(生きてる―。直撃は免れたんだ。助かったんだ。ショウタは……っつうっ。肋骨、折れたかも。)

涼は起きあがろうとしたが、身体中が激しく痛む。堪えて頭を起こしてみた。少し離れた所にショウタが倒れている。涼は草を掴み、坂を這いながらショウタに近づいて行った。

「ショウタ!ショウタ?」涼は掠れた声でショウタに呼びかけたが返事をしない。
「ショウタ?」恐る恐る、顔を覗き込む。涼は息を呑んだ。ショウタの顔は不自然に歪んでいて頭からおびただしい血液が流れ出ていた。脈をとってみる。何も感じられない。口元へ顔を近づけるが、呼吸もしていない。何かの破片がショウタの頭部を直撃したらしい。既に息絶えていた。

「ショウ……タ……。なんでなの……。ショウタぁ……。」

涼は頭がどうにかなってしまいそうだった。
よろよろと立ち上がる。

(みんなは…?)

涼は辺りを見回す。
施設のあった辺りは跡形もない。
呆然と立ち尽くした。

「な、んで…。やだ、こんなの。いやだああああっ!」

涼は突如、激しい慟哭に見舞われた。身体が震え、涙が次から次へと溢れ出して止まらない。

「みんな…。みんな死んじゃったの?ねえ、みんなどうしちゃったの?ショウタが、ショウタが動かないよ。ショウタ、息してないんだよ。ショウタは、ショウタはあんな顔してないよ。あんなのショウタじゃないよ。誰かいないの?ねえ?ねえーっ!誰かいたら返事してーっ!」

涼は、がっくりと膝をついた。


涼はボロボロの上着をショウタの亡骸にそっとかけてやった。
死んでしまったショウタに、なんと言葉をかけていいかわからず、涼はしばらくぼんやりしていた。
やがて涼は立ち上がった。
胸が激しく痛んだが、ふらふらと歩き出した。

200メートルほど歩いただろうか。涼はひどい眩暈を感じた。足元が覚束ず、もつれて坂を転げ落ちる。
浜辺の砂が、やわらかく涼を抱きとめた。
倒れ伏していた涼の耳に戦闘機の音。音はどんどん近づいて来る。

(あ。)

上体を起こし、砂の上に正座するような格好で、涼は空を見上げた。5機の戦闘機のうち2機が旋回し、こちらへ向かってくる。

(前に見たのと同じ?降りてくるのかな?)

涼はそのまま、仰向けにパタリ、と倒れた。

(もう駄目。動けないや。放射能でやられちゃったし。私、死ぬんだ。母さんの言った通りだった。たった12年だったけど、ホントにろくな人生じゃなかったよ。ショウタ、私も行くからね。)

涼は四肢を投げ出し、顔にかかった砂を払いもせず、ゆっくりと目を閉じ、来るべき時を待った。


(3)

轟音と共に浜辺の一角に戦闘機が着陸した。
二人のパイロットが飛び降りる。倒れている涼を発見して駆け寄った。
ヘルメットで見えないが、一人は長身の角刈り。一人は長髪で甘いマスク。どちらも、まだあどけなさの残る訓練生だった。
長髪の方が涼の脈をとる。

「まだ生きてる!おい、おい、しっかりしろ!」
「お、おい。この子、金髪だぞ。英語じゃないと起きないんじゃないか?俺、わかんねえぞ!」

角刈りは涼の容貌を見て素っ頓狂な声を上げる。

「ったく。おまえって、つくづくバカだな。とにかく急いでこの子を運ぼう!」

呆れながら長髪が指示を出す。
ふと涼が目を開けた。

「おおっ!」

角刈りが驚いて尻餅をついた。

「何やってんだよ。ったく。ごめんよ。僕らは君を助けに来たんだ。君の他に誰かいなかったかい?」

長髪ができるだけやさしく穏やかに尋ねた。涼は首を振った。

「そうか。もう大丈夫だよ。これから君を病院に運ぶからね。」

涼はにこり、と微笑んだ。

「死んだフリ、の……飛行機乗りサン、でしょ?いつだったか、この辺りを飛んでいた……。」
「君、見てたの?それにしたってどうして、僕らだってわかった?」

長髪が尋ねたが、涼は意識を失っていた。
二人は死んでしまったかと思い、かなり慌てたが、息をしていたし、脈もしっかりあった。
施設跡を見に行っていた別のパイロットから通信が入った。

『だめだ。生存者はいない。児童保護施設付近に直撃した模様だ。建物は木端微塵に吹っ飛んじまったらしい。離れた所に子供の遺体があった。それだけだ。』

「わかった。鶴見!後、頼むぞ。」
「生存者は一人だけだったか。よりによって児童保護施設がやられるなんて……。大勢の子供が死んだってことだよな……。ちっくしょう!ちくしょう!ガミラスのヤツ!見境なくやってくれやがって!子供達の仇は俺達が絶対にとってやる!なあ、山本!」

角刈りが悔しそうに言った。

「ああ。やってやる。」

山本と呼ばれた長髪の訓練生も、静かだか強い決意を込めて答えた。


「この子、やばくないか!飛ばそうぜ、山本!」
「了解!しっかりついてこいよ?加藤!」

加藤と呼ばれた長身で角刈りの訓練生は、威勢良く答える。

「おまえこそ、遅れんなよ!」

■ 3.戦慄の丘 終了 ■